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「中秋の名月」

  • 執筆者の写真: 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
    文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
  • 3 日前
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更新日:1 日前

鎌倉・由比ヶ浜から見る中秋の名月
鎌倉・由比ヶ浜から見る中秋の名月(星野知子撮影)

スーパームーンにブルームーン、ブラッドムーンも。最近よく耳にする満月の呼び名だ。スーパームーンは、軌道の関係で月が最も地球に近づいたときの大きな満月。ブルームーンは色ではなく、月に2回満月があることだそうだ。そして皆既月食で月が赤黒くなる現象がブラッドムーン。色も形も変化する月の神秘は、科学で解明された今もやはりミステリアスだ。


今年の中秋の名月は10月6日。澄んだ秋の空を昇る満月は格別だ。夜のニュースで「今日は中秋の名月です」と紹介されて、テレビ画面一杯にまん丸の月が映し出される。カメラレンズもテレビも性能がいいから、月はすぐ目の前にあるようにはっきり見える。岩石でできた複雑な地形も、クレーターのデコボコも。


きれいなんだけどね……、と私はベランダに出て、夜空を見上げる。そう、これが満月。はるか遠く、ぽってりあたたかい。年齢とともに私の目も悪くなっているから、多少おぼろに見えるくらいがちょうどいい。


鎌倉は月が美しい。都心から越してきて月をよく眺めるようになった。高い建物がなく山と海に囲まれた鎌倉は、ふたつの月の情景が楽しめる。影絵のような山の稜線からしずしずと昇って、明るさを増していく月。広々した海のさざ波に、月光が揺れるきらびやかな月。


都会では、高層ビルに見え隠れする月に気がつかずに歩いていた。だいたい忙しい日々を送る若い時分は、月の満ち欠けなんて気にしていなかった。


月に親しみを感じていたのは、幼いころだ。毎日変わる月の姿が不思議でよく窓から眺めていた。細い三日月のときはツンとすましている。だんだん太っていくうちにやさしくなって、満月になるとニコニコと自分を見てくれているようだった。反対に月が欠けていくのは、さびしそうに思えた。


お月さまにはウサギがいることになっていた。ウサギが餅つきをしているんだよと言われ、うそだとわかっていても、満月のうっすら黒い部分のあそこがウサギの耳で、あそこが杵だと想像してウキウキしたものだ。


月が一気に近づいたのが1969年。アポロ計画で初めて月面着陸したときだ。アームストロング船長の「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」という名言とともに、宇宙飛行士が月面をぎこちなく歩く映像は忘れられない。当時私は12歳、テレビの画質が悪かったこともあって、あまり感動しなかった。月面に立てられたアメリカ国旗も宇宙飛行士も、おもちゃのように思えた。それに、かぐや姫の故郷が殺伐としている現実を突きつけられて、少し悲しかった覚えがある。


月面着陸から半世紀が過ぎた。近い将来月に人が住むようになると言われていたが、まだ実現してはいない。NASAのアルテミス計画では、2030年代以降に月面基地の建設が始まり、完成すれば人間がひと月程度滞在する予定だ。ただ、その計画は先行きが不透明になっている。月面基地が完成するのはいつ? たぶん、私はもうこの世にいない。ウサギでもかぐや姫でもなく、人が住んでいる中秋の名月を、人類はどんな思いで眺めることになるのだろう。


中秋の名月を愛でる風習は、平安時代に中国から伝わったという。中国では「中秋節」と呼ばれ、今も大きな伝統行事のひとつだ。その観月の名所が浙江省の杭州にある西湖。マルコ・ポーロが「東方見聞録」で美しさをたたえた湖で、世界遺産に登録されている。


その西湖でお月見をした。毎年中秋節には西湖に大勢の人が訪れる。日が暮れる前から大きな観光船やイルミネーションで飾られた屋形船が繰り出していく。私は地元の家族が乗る手こぎボートに同乗した。老夫婦と若夫婦、それに幼稚園くらいの男の子と一緒だ。中秋節は家族団らんの日。鶏肉料理や栗、スイカ、リンゴなどご馳走が並び、月が空高く昇るのを愛でながら、みんなでゆっくり食べる。


中国語の飛び交うボートで見上げる満月は、ふっくらと日本で見るのと変わらない。月に住むのはウサギではなく、不老不死の薬を飲んだ嫦娥(じょうが)という美女が月に昇って暮らしているという。竹取物語を思わせる伝説を聞くと、月の表面の黒い影が宮廷風の衣装をなびかせた女の人の姿に見えなくもない。


家族や親戚が集まる中秋節。まん丸の月は団らんの象徴で、欠かせないのが月餅だ。奥さんがひとつの月餅を手で割って、家族にひと口ずつ配った。

「月餅は家族円満のシンボル。こうして、みんなで食べるのよ」

満月の下で幸せを分け合う風習。私もひと口いただいた。甘い、甘い月餅だった。


古来、西湖での観月は、水面に映る月を愛でるのが醍醐味だそうだが、大小ひしめき合う船で湖面は見えないほどだ。明るくてにぎやかで、家族が幸せでありますようにとの願いが湖一杯に満ちていた。


中国では月餅で、日本は月見団子。十五夜に月見団子をお供えするのは江戸時代からなので、鎌倉時代には月見団子はなかったことになる。


吾妻鏡に源実朝が海でお月見をしたと記されている。旧暦の8月15日、由比の浦から船を仕立て、管弦の演奏を聴きながら名月を眺めたというから、なんとも風流でうらやましいお月見だ。


800年も前の、実朝が愛でた中秋の名月を同じ由比ヶ浜で見ることができるのは幸せだ。でも、800年なんて長いようで宇宙の営みからしたらほんの一瞬にすぎない。月は地球の周りを回り、地球は太陽の周りを回る。壮大な宇宙空間の中で、私たちにとって一番近い天体が月。悠久の時の流れを感じながら眺めていたい。

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星野知子が描いたカタツムリのイラスト

Maison d’un Limaçon

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