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星野知子の
新 鎌倉その日その日
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ろうそくの火
ほんの10分ほどの燃焼時間。短いろうそくに火をつけて、仏壇の前で手を合わせる。あたたかい色の炎が息をするように揺らぐ。 火事が恐いので長いろうそくはあきらめ、火が消えるまで部屋を離れないようにしている。 以前、電池式の「揺らぐろうそく」なるものを買ってみた。よくできていて、本物の炎のように微妙に揺れる。これなら安全で一日中つけていられる、とよろこんだものの、結局使わなくなった。蝋(ろう)が減らないのも不自然だが、スイッチひとつであっけなく消えるのがむなしかった。 ろうそくの炎は最後を見届けたい。いつからか、火が消える瞬間を見るのが決まり事になっている。 ほとんど原型がなくなったろうそく。かすかに残った蝋がチラチラと最後の炎を見せて、フッと暗くなる。真鍮の燭台から一筋の煙が立ち上って、おしまいだ。 さよなら……。 誰に言うともなくつぶやいて、私は仏壇の前から立ち上がる。 両親とも他界した。祖父や祖母も思い出の中だ。 ろうそくの炎の揺らいでいる間は、父や母が私に何か伝えているのかな、と思ったりする。8月のお盆が近くなると、きっとお父さんはまだだろうけ
5 日前読了時間: 5分


虹の日
にゃん、にゃん、にゃん、で2月22日は「ネコの日」。「いちごの日」は1月5日。語呂合わせの記念日だ。1年は365日。記念日はその何倍もの数だという。「肉の日」や「俳句の日」はわかりやすいが、中には無理矢理こじつけた日もあってクスッと笑える。 「虹の日」は、7月16日だそうだ。七(なな)一(い)六(ろ)、で七色(なないろ)。なるほど。おぼえやすい。 梅雨明けの青い空に虹を見つけるとうれしい。虹は待っていても出てくれない。いつも突然に現れる。電車の窓からぼんやり景色を眺めているとき、庭で水まきしていてシャワーの水滴の中にできることもある。子どものころはシャボン玉が虹色に輝くのが不思議だった。風に舞うまん丸の泡のひとつひとつの虹に見とれていた。 虹ができるのは太陽と水の粒の共同作業。科学的には光の屈折と反射がつくる「大気光学現象」というものだそうだが、むずかしいことはさておき、私にとって虹は神秘的でマジックみたいで、何かいいことがありそう、そういう特別の存在だ。 鎌倉でも虹が出るたび足を止めている。忘れられないのは光明寺で見た虹だ。...
7月20日読了時間: 5分


雨もまた良し
天気予報の傘マークが気になる季節だ。湿度が上がって雨が続くようになると、ジメジメムシムシ、そろそろ梅雨入り。晴れの日が貴重となる。 近所でてるてる坊主を見つけた。何気なく見上げたマンションの2階、出窓の内側にぶら下がっていた。今どき珍しい。なつかしくて立ち止まった。 あの窓は子ども部屋かな。明日はお出かけで晴れてほしいんだね。白いのっぺらぼうの人形にほのぼのとあたたかい思いがした。 最近はてるてる坊主に出会うことが少なくなった。少子化で子どもの数が減っているから? それとも天気予報の的中率がかなり高くなったせい? おまじないの人形の出番は減っているのかもしれない。 昭和の時代、天気予報ははずれるものと思っていた気がする。小学生のときは運動会や遠足の前の日に、家の軒先にてるてる坊主を吊り下げていた。天気予報が雨でも、願いを込めれば太陽を呼び出せそうだった。 そんなことを思い出しながら、てるてる坊主を作ってみた。白いハンカチにティッシュを丸めて詰め、首を紐(ひも)でくるっと巻いてできあがり。 窓辺に吊すと、ちょっと頭が垂れてしまう。昔もそうだった。で
6月20日読了時間: 5分


鎌倉ハマグリ
湘南の海に初めて触れたと実感できたのは、たぶん地引き網漁をしたとき。もうずいぶん前、鎌倉暮らしが始まって間もないころだ。 タイやヒラメがザクザク捕れるかも。茅ヶ崎のサザンビーチでの地引き網漁に、夫と私は大きなクーラーボックスを2つ持参した。 綱引きのように大勢並んで太いロープをたぐり寄せていく。海釣りの経験もない私にはすべてが珍しかった。ふくらんでいる網が浜に上がってくるのを見て歓声をあげ、銀色の魚がピチピチ跳ねる様子に手をたたいた。 大漁だったのか不漁だったのか私にはわからなかったが、いくつもの大バケツが魚で一杯になった。お目当てのタイやヒラメは——、いなかった。小ぶりのきれいなアジばかりだ。 「何が捕れるかわからないのが地引き網よ」 アジが入ったバケツに氷を投げ込みながら漁師さんが言った。 潮焼けした顔、ぶかぶかのサロペットと首の手ぬぐいが決まってる。漁師さんたちはみんな威勢よくテキパキ動いていた。 海の中には無数の生命があって、漁師さんたちは私には見えない海の世界をよく知っているのだなあ、とこれまでとちがった思いで海を眺めた。 「さ、たくさ
5月20日読了時間: 5分


スギ花粉と杉の木と
散歩途中、海沿いの公園のベンチで潮風に吹かれていた。 若い女性が少し間をあけてとなりに腰かけた。小型の柴犬を連れている。その犬がグシュ、グシュッ、と鼻を鳴らし、前足をしきりになめている。どうしたのだろうと見ていたら、なんだか花粉症らしいんですよ、と女性は犬を抱き上げてお腹のあたりをさすってあげた。 まあ、犬も花粉症にかかるんですか、知りませんでした、と私。かわいそうに目も潤んでいる。お互いつらいわねえ、と声をかけた。 今年、花粉の飛散は昨年の1.5倍とか。こまったものだ。早い人は1月から始まっているという。 私の場合は毎年2月末にグスッときて、4月半ばにピークを迎え、5月のゴールデンウィークとともに収束する。それほど症状は重くないが、くしゃみに鼻水、目のかゆみ、とひと通りのつらさに襲われる。 鼻がムズムズッとくると、かわいらしくクシュン、なんてやっていられない。ハックショーン!と連続5回も珍しくない。家中に響くおやじのようなくしゃみに、夫がおやおや今日は大変だねえ、と気遣ってくれるが、その夫も負けずに大きなくしゃみをする。いつもは静かな我が家だ
4月14日読了時間: 5分


呼吸ではじまる
体力にはまあ自信がある。テレビの健康番組でよくある体力チェックの類いは、なんでも軽くクリアしていた。 よし、まだ若いね、と思っていたら、先日簡単な動きができなかった。椅子に腰掛け、片足を上げて、もう片方の足だけで立ち上がるというもの。右足ではスッと立てたが、左足だと力が入らず、ドッコイショとやっとだった。 筋肉がおとろえている……。これくらい少し前には苦労せずできたのに。 水泳にずっと通っているし、なるべく歩くようにして、それも早足でと鍛えていたつもりだったが、その程度では加齢の速度に追いつかなくなったということか。 女友だちの、それはもうスクワットが一番よ、との助言で、最近毎日やっている。 年齢に関係なく筋肉は努力すればつくのだそうだ。「筋肉は裏切らない」らしい。 筋トレは呼吸が大切。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて。ただ、黙々とストイックに励むのは苦手だ。なるべく優雅に歌うようにと心がけていたら、なぜかあのメロディが頭の中で聞こえてきた。 タラララッタラ~。ポパイのテーマ音楽だ。子どものころテレビで見ていた。水夫のポパイがたくましい宿敵ブル
3月20日読了時間: 5分
*ここに掲載したエッセイは、月刊『かまくら春秋』に収録され刊行・発売されている作品です。無断使用・転載・複製を禁じます。


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