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絵本を読む

執筆者の写真: 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
21 時間前
読了時間: 5分

物心がつくころには、そばに絵本があった。


最初の1冊はなんだったのだろう。『桃太郎』か『バンビ』だったような……。母は教師をしていて張りのある声だったから、きっと上手に読み聞かせてくれたのだろうが、覚えていない。


そのうちに、ひとりで絵本を開いて読んでいたようだ。自然に文字を覚えたのも絵本からだったかもしれない。桃太郎が腰につけているきび団子を食べたいと思った。バンビの細い足とつぶらな瞳がかわいらしかった。


それからいろいろな絵本に触れて小学校に入った。


一番思い出に残っているのはロシアの民話『おおきなかぶ』だ。畑で育った大きなカブをおじいさんひとりで抜けなくて、おばあさん、孫娘、イヌ、ネコ、ネズミが次々に呼ばれて、やっと引っこ抜ける。


あれは教科書に載っていたのだろうか。それともホームルームの時間だったか。教室で先生が読み、かけ声の部分で生徒が声を出した。  


「うんとこしょ。どっこいしょ」


カブを引き抜こうとなんども繰り返されるかけ声は調子がよくて、私たちの声はどんどん大きくなった。最後にネズミが加わってやっとカブが抜けた時は、みんなで拍手をして盛り上がった。声に出して本を読む楽しさを知った。


それからしばらくは教室でかけ声をかけるのが流行った。給食のトレイを運ぶときに「うんとこしょ」、ランドセルを背負うときに「どっこいしょ」。おもしろかったなあ。


おとなになってから泣いた絵本は『100万回生きたねこ』だった。100万回も生まれ変わり、どの飼い主にも愛情をもたず自分だけが好きだったトラネコ。伴侶となる白いネコと出会い、幸せな日々を過ごす。月日は流れ、白いネコが年老いて死んだとき、初めてトラネコは泣く。100万回も泣く。そして、白いネコの隣で息を引き取り、生き返ることはなかった……。


子どもよりおとな向けの絵本だ。他者への愛、喪失感。生と死。おとなになって様々な経験をしたからこそ、胸が揺さぶられ涙腺がゆるむ。絵本は子ども時代だけのものではない。


妹の子どもが小さいころ、家に遊びに来ると近所の図書館で本を借りて読んであげた。おおむね好評だったが、子ども向けの怪談は失敗だった。


『番町皿屋敷』。お菊さんが「いちまーい、にまーい、」と皿を数える場面で、つい気持ちが入った。声を震わせ、息も絶え絶えに読んだら、姪(めい)は「やぁだ!」と布団にもぐり込んでしまった。恐すぎたらしい。妹に、「お姉さん、本気出さないで、ほどほどにね」と笑われた。


朗読やナレーションは好きな仕事だ。顔や体で表現ができない分、声だけでどの程度感情を入れるかさじ加減が大切。いつも悩むところだ。


若いころ、ドラマの撮影で泣くシーンがあると、ディレクターからよく言われた。


「役者が涙を流せばいいってものじゃない。見ている人を泣かせなきゃ」


朗読も同じだ。下読みしているときにウルウルくる物語はたくさんある。でも、読んでいる私が涙ぐんでも聴いている人には伝わらない。美しい発音で人の心に響く朗読ができたら、とずっと心がけている。


星野知子による絵本の朗読。2026年8月29日、北鎌倉の建長寺で
星野知子による絵本の朗読。2026年8月29日、北鎌倉の建長寺で

先日、北鎌倉の建長寺で朗読会が開かれた。毎週土曜日に建長寺で行われている「親と子の土曜朗読会」の1100回記念の会だ。1100回とは大変な数だ。20年以上、雨の日も雪の日も休まずに開催してきたという。絵本や童話、小説、詩など。聴きに来るのは子ども連れの家族から高齢の方まで年齢層は幅広い。


その朗読会の長年のファンの方たちと運営を支えてきた人たちが、建長寺の応真閣に集まった。座布団とパイプ椅子が並べられた大広間は250人で埋まった。床の間には仏像と、書家の金澤翔子さんの力強い揮毫が飾られている。緊張するなと言われても無理というものだ。


会場での朗読は一発勝負。NGは出せない。読んでいる途中で咳払いはしたくない。

深呼吸して、観客の前に出た。


朗読する本は、あまんきみこさんの『おにたのぼうし』。気のいい黒鬼の子ども、おにたの物語だ。節分の日に「おにはー、そと」と豆をまかれ、ひそんでいる家を追われ、やっと見つけた他の家でも……、というお話だ。


せつないが、慈愛に満ちた心にしみる物語だ。私は感情移入し過ぎないように、叙情豊かな文章を読んだ。


どんなに緊張していても、不思議に朗読を始めると肝が据(す)わる。

時々赤ちゃんのぐずった声がしたが、それも絵本の朗読にはつきもの、会場は温かい雰囲気に包まれていた。  


大きな拍手をいただいて終わったが、どうだったかなあ、楽しんでもらえたかしら、とまたドキドキするのもいつものことだった。


朗読会の後、建長寺の境内ある駐車場までスタッフの女性が案内してくれた。彼女は、「親と子の朗読会」が始まったころから小さな娘さんを連れて毎週参加していたそうだ。娘さんが成長してからも通い続け、


「それで、いつのまにかお手伝いをするようになっていたんです」

と穏やかに言う。小さな朗読会が暮らしの中に根ざしている。22歳になった娘さんは詩を書いているという。


こういう人たちがたくさんいて、「親と子の土曜朗読会」を支えている。これからも朗読会が長く続きますように——。


絵本は人を育んでくれる。読む。朗読する。聴く。それぞれの魅力がある。


いつまでも絵本を楽しめるやわらかな心を持っていたい。

2026 © Hoshino Tomoko

星野知子が描いた�カタツムリのイラスト

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カタツムリのイラストは星野知子の作品です。
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