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実のなる木

執筆者の写真: 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
5 時間前
読了時間: 5分

朝、リビングのカーテンを開ける。窓越しに確認するのは、庭のスダチの木だ。


よしよし順調、だいぶ実が大きくなった。そろそろ収穫してもいいかなあ、というころだ。


去年はほとんど実をつけなかったが、今年は豊作だ。春に真っ白い花がびっしりと、それこそ木に雪が降り積もるように咲いてくれて、楽しみにしていた。 


初夏にはアゲハチョウが葉に卵を生みに来るのを眺め、小豆くらいの実がついてからは、成長を気にしながら夏を過ごしてきた。


最近は異常気象があたりまえになっている。人も大変だが植物も懸命に生きているはずだ。うちのスダチは何回かの台風や日照りに負けず、今年、たわわに実っている。ありがとう!


湘南地方では庭に柑橘類の木を植えている家が多い。塀の向こうに実る黄色や緑の果実は、目を楽しませてくれる。家でたくさん採れたからどうぞと、レモンや夏ミカン、ユズをいただき、私もスダチを手土産にしてよろこばれている。何気ないうれしいおつきあいだ。


私の故郷は冬雪深いせいか、柑橘類の木を植えている家は見かけなかった。東京のマンション暮らしでは忙しさもありベランダ栽培は無理だった。実のなる木がある家にいつか住みたい。若いころからあこがれていたのだった。


レモンやミカンに比べると、スダチは馴染みが薄いかもしれない。昔、といっても30年くらい前は今より短い時期しか出回らなかったと思う。旬のサンマを塩焼きにするときに、やっぱり旬のスダチがほしい。奮発してひとつ買ったが、サンマ1匹よりずっと値段が高かった。サンマが100円もしなかった時代だけれど。


そのころ行った和食のお店でマツタケの土瓶蒸しに添えられていたのは、小さなスダチを4分の1に切ったひときれだった。まずはおちょこで出汁を味わって、土瓶の蓋を開けてスダチをキュッとひと絞り。すぐに蓋を閉める。少し待ってから中のマツタケをいただく。板前さんにそんな食べ方を教えてもらった。数滴の果汁でもスダチの清々しい香りが鼻をついた。


スダチは貴重なひとしずく。そう思っていた。

それが、徳島市に何日か滞在したとき、産地ならではのスダチの食べ方に目を見張った。


お世話になった方のお宅で夕食をいただいたら、小鉢に半分に切ったスダチが山盛りになって出てきた。お客さんへのおもてなしかと思いきや、好きなものに好きなだけかけるのがいつものスタイルだそうだ。


では、遠慮なくいただくことにして——。身の締まった鳴門鯛のお刺身にキュキュッ、徳島名産阿波尾鶏(あわおどり)の唐揚げにもキュキュッ、ジュワーッ。スダチの切り口を上にして絞るのが決まりだ。果汁に緑の皮の香りも加わってよりさわやかになるという。すっきりした酸味は、たくさんかけても自己主張し過ぎず、食べ物の味を生かしていた。


「ほな、これにもどうぞ。おいしいんじょ」


その家のおばあさんがスダチを味噌汁に絞り、そのまま皮をポトッとお椀に落とした。味噌とスダチ? これが意外なようで合う。味噌汁が上品になり、皮のほろ苦さが滋味深い。


スダチの生産量が全国で断然トップの徳島県だからできる贅沢な食卓だった。


それからずいぶん経って、鎌倉に家を建て暮らすことになった。庭に何の木を植えようか。庭の設計士さんと打ち合わせをするときに、私はスダチのことを忘れてしまっていた。夫は黒松と蘇鉄(そてつ)をリクエスト。私は額紫陽花。それと、あこがれの実のなる木を1本。希望を伝えてプランをたててもらった。


スダチはどうでしょう、と提案されたのは防犯になるからだった。垣根側にトゲのある木を植えると、泥棒が侵入しづらくなる。ユズやカボスより木が広がらず小さな庭で育てやすいという。


そうだ、スダチだ。徳島での香りがよみがえってきた。我が家でスダチ山盛り小鉢を再現できる。心が躍った。


まっさらな庭に運ばれてきたのは、私の肩くらいの木だった。小さなトゲはあるけれど、泥棒避けにはなりそうもなかった。最初は竹の棒を幹に縛って支えていたのが、どんどん背丈が伸びたくましくなり、実をつけるようになった。やっぱり実のなる木は楽しい。


そして、今年も収穫の日が来た。待っていた庭師さんが植木の剪定(せんてい)に来てくれたのだ。


スダチを剪定し終えた庭師の井田正さん(星野知子撮影)
スダチを剪定した庭師の井田正さん(筆者撮影)

「スダチの実は、これにお願いします」

そう言って、バケツを渡す。


困ったことにこの1年でまた木が大きくなり、実に手が届かない。それに長く鋭いトゲは泥棒も寄せ付けないが、家の主も近づけなくなっている。


はしごをかけて採ってくれたのは、17年前にスダチの木を植えた井田さんだ。


「いやあ大木になりましたねえ」「実をいくつか残しておきますね。まだ育ちますよ」「来年は自分で収穫できるように短くしときましょう」


迷いなく大胆に枝を切っていく。ほったらかしにしているようで、こうして時々面倒を見てもらえるから元気なのだろう。


コロンと濃い緑の玉が100個くらいはあるだろうか。大きくて色艶もいい。湘南の太陽をたっぷり浴び、ふっくら実った健康優良児だ。もちろん無農薬、ノーワックス。


半分に切ってみる。黄金色の切り口が盛り上がって、果汁があふれそうだ。


まずはスダチそばかな。透けるくらいに薄く輪切りにしておそばを覆い尽くすように並べる。見た目も華やかだ。たくさんあるからポン酢をつくろう。保存用にハチミツに漬けようか。


ああ、忙しくなる。実のなる木の幸せな秋。

2026 © Hoshino Tomoko


星野知子が描いた�カタツムリのイラスト

Maison d’un Limaçon

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カタツムリのイラストは星野知子の作品です。
© 2026 Hoshino Tomoko 星野知子™

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