「カラスミ作り」
- 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino

- 2025年12月20日
- 読了時間: 5分
そろそろお店に並んでいるかなあ、と鮮魚店のガラス戸を開ける。冬の海の幸は見るだけでも楽しい。カキにカニ、寒ブリ、アンコウ。どれも大好物だ。でも、私のお目当てはボラの子(卵)。11月から12月の短い間しか出回らないし、数も少ないから、見つけると即購入する。
毎年、手に入ればボラの子でカラスミを作る。へー、カラスミって素人でも作れるの? と驚かれるが、作れるのです。本格的ではないけれど、そこそこ美味に、いとも簡単にできちゃうのです。
カラスミ作り歴は長い。もう20年近く前からだ。最初は東京・築地の場外市場をブラブラしていたときのこと。午後2時過ぎで買い物客は少なく、どの店も片付けはじめていた。
「あの、ボラの子を買ってくれませんか?」
通りかかった鮮魚店からすがるような声が聞こえた。
ボラという魚の名前は知っていたが、ボラの子をどうやって食べるのだろう。煮物?
若い店員は関心を持った私の表情を見て、
「カラスミは好きですか?」
ときた。もちろん好きだ。ただ、めったに口にすることはない。特別なときにほんの1、2枚ありがたくいただく高級珍味だ。
「安くしますよ。作り方を教えますから。簡単なんです」
ボラの子は日持ちがしないので、その日のうちに売りたかったという。若者はうれしそうに3腹包んで私に渡した。
実際作ってみたら失敗せずにおいしくできた。それからは築地のお店にボラの子が入荷すると送ってもらっていた。東京から鎌倉に引っ越してもそうしていたが、数年前に近所の鮮魚店で売っているのに気がつき、この時期足繁く通ってチェックしているわけだ。
さて、職人さんがひと月以上かけて製造する高価なカラスミではなく、家で手軽に作る方法——。
マチ針などで丁寧にボラの子の血抜きをする。これが肝心だ。あとは塩漬けして、焼酎に漬けて、陰干しするだけ。1週間から10日くらいで完成する。私は塩漬けをひと晩、焼酎漬けをひと晩にしているが、人によってはもっと時間をかけたり、焼酎の代わりに日本酒を使ったりと、さまざまらしい。
気をつかうのが陰干しだ。この時期の湘南はカラッと晴れる日が多い。干物用のカゴに入れて、家の脇に植えた布袋竹の枝にぶら下げる。日が当たらず風が通り抜けるベストポジションだ。ときどき表面が乾きすぎないようにお酒を吹きかけ、ひっくり返す。作るというより育てている気持ちになってくる。夜はまな板に挟んで冷蔵庫へ。ほどよい重みで姿が整ってくれる。
干し始めはぶよぶよしていたボラの子が、身が締まって黄色から艶やかな飴色に変わってくると完成間近だ。ちょっとソフトな歯ごたえが好きだから、カチカチになる前に取り込んで終了。名付けて「竹干し鎌倉カラスミ」。お正月用の一品として冷蔵庫で熟成させる。とはいえ、味見もしたい。市販のカラスミよりずっと安あがりだからと気も大きくなる。毎年お正月まで待てずに夕食に熱燗を一杯、カラスミを数切れ、なんて年内から楽しむことになる。薄く切ってそのままでも大根に挟んでも、ねっとりしっとりコクのある風味がたまりません。

おいしくできると知り合いにプレゼントしたくなるが、誰もが好きなわけではない。日本三大珍味は、ウニ、コノワタ、カラスミだそうだ。私はどれも好きだが、好みがあるからむずかしい。
実は、地元の珍味で失敗したことがある。お世話になった奈良の人たちに鎌倉みやげをと、タタミイワシを30個、箱に詰めて持参した。湘南名物、板状に天日干ししたシラスだ。きっと喜んでくれるにちがいないと思いきや——。
いやあ、どうもどうも、ありがとうございます、とその人たちはタタミイワシを手にとったあと、少し沈黙した。
「これは……、どうやって食べるのでしょう?」
なんと、タタミイワシを知らなかった。相模湾や駿河湾沿岸の特産品ではあるけれど、全国でもメジャーだと思い込んでいた。関西方面では一般的でなかったのだ。
地域の特産品で知らない食べ物は意外に多い。私は近江八幡出身の友人宅で出された「赤こんにゃく」に驚いた。名前のとおりまっ赤で、近江八幡ではハレの日やお正月に欠かせないという。食べれば上等なこんにゃくだ。でも、お皿に並ぶ薄切りの赤こんにゃくは生のレバーに見えて、なかなか手が出なかった。
私のふるさと新潟県長岡市の「トトマメ」は、ほとんどの人が知らないだろう。育ち過ぎのイクラで、皮が固く大きい。これをお雑煮や煮物の「のっぺ汁」に数粒パラッと加える。火が通ると白く濁って豆のように見えるので、トト豆、つまり「魚の豆」という意味だ。あたためたイクラですか?と顔をしかめる方もいるかもしれないが、極小の半熟卵のような味わいだ。トトマメでお正月のおめでたい気分は倍増する。
おせち料理は地方色が濃い。鎌倉はオーソドックスな関東風で特徴はないらしいが、私にとっては地ダコかもしれない。以前は師走も半ばになると年末年始用にたくさん売られていた。小ぶりで歯ごたえがあって、ほのかに甘い。ここ数年は不漁が続いているから、手に入るといいのだけれど。
毎年、我が家のおせち料理は鎌倉野菜と湘南の海の幸を中心に、味付けはふるさとの新潟風だ。手抜きもするが、慌ただしい年の瀬になますの大根と人参を千切りし、タイの昆布締めを作るのは楽しい時間でもある。
また一年が過ぎていく。今年も海と山の豊かな食材に感謝したい。
新しい年が平和でおだやかでありますように。


