「ササリンドウ」
- 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino

- 2025年11月14日
- 読了時間: 4分
あら、こんなところにセーラームーンが——。足元で愛らしいアニメの主人公が笑っていた。
東京の麻布十番商店街入り口で、カラフルなマンホールの蓋を見つけた。1990年代に一世を風靡(ふうび)した「美少女戦士セーラームーン」。金髪をなびかせ得意のポーズで決めている。ポスターのように色鮮やかだから、踏むのは気が引ける。道行く人たちもマンホールをよけて歩いていた。
その土地に縁のあるキャラクターや名産品が描かれた「ご当地マンホール」が、今人気だ。地域の特徴を表し、宣伝にもなる。今年は大谷翔平選手のデザインマンホールが出身地の奥州市に設置されて話題になった。各地でお目当ての蓋を探したり、お気に入りのデザインを見つけたり、密かな町歩きの楽しみになっているようだ。
普段、気にとめずに歩いているが、マンホールは驚くほどたくさんある。自宅の玄関を出て100メートル足らずで25個を数えた。等間隔ではなく道のあちこちに散らばる丸い蓋は、美観をそこねているようで、アートにも見えてくる。蓋のデザインも様々だ。
鎌倉の絵柄で多いのは鎌倉市章のササリンドウだ。3つの花の下に5枚の葉が扇状に重なったデザイン。鋳物の重厚な蓋の中央に小さくあしらわれ、武士の都らしい渋さがよいなあと思っている。
源氏といえばササリンドウ。源氏ゆかりのスポットにはササリンドウの家紋を掲げているところが多い。てっきり源頼朝の家紋と思っていたら、その根拠はないのだそうだ。伝説や、後に歌舞伎で源氏の衣装にササリンドウが施されるようになって定着したらしい。
鎌倉市の市章がササリンドウに制定されてからは、市民に親しまれているシンボルマークだ。暮らしの中でもよく見かける。車を運転して逗子や藤沢から戻ってくると、市境の標識にはササリンドウ。市役所から届く封筒にもマークが印刷されている。
毎日のように目にしているのに、どんな花なのか長い間知らずにいた。
私の身近なリンドウは、仏花などでユリやキクと一緒に束ねる切り花だ。太めの枝にみっちり紫の蕾がついていて、長持ちするが蕾のまま終わってしまうことが多い。生花店で扱っているのは栽培種だ。
山野草のササリンドウが咲く場所はというと……。いくつかのお寺で咲いていると聞き、数年前に東慶寺へ行った。花の寺として親しまれている東慶寺も11月の花は少ない。晩秋の境内で小さな紫色は目立っていた。
ひっそりと可憐。細く尖った葉はたしかに笹に似ている。地面を這うように枝が伸びたくさんの花がすっくと首を立てている。濃い紫の花は雑草の茂みで凜と輝いていた。

思い出したのは、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」だ。
ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道に乗って旅をする途中の一場面。
「あゝ、りんだうの花が咲いてゐる。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云ひました。
ふたりが天の川に沿って走る汽車から見たのは、青い光を放つ月長石で刻まれたような紫色のリンドウの花。次々に、湧くように雨のように、目の前を通っていく——。
最初に読んだのはいつだったか。冷たく光るリンドウの花を思い浮かべ、胸に清らかでさびしい風が吹きこんだ。東北に行けばこんな風景に出会えるのかしら、と憧れた。宮沢賢治が見ていたリンドウの種類は何だったのだろう。
昨年の春、市内の知り合いの方からササリンドウの苗を分けていただいた。片手で持てるプラポットの中から細長い枝が伸びて、葉が元気に尖っている。
その方は50年くらい前に自生するササリンドウを挿し芽で増やし、庭で丹精込めて育て咲かせている。ようやく数年前に、花が終わったあと飛んだ種があちこちで芽を出すようになったという。長く学校の校長先生をされていたので、知人だけでなく小学校や中学校にも苗を分けているが、花を咲かせるのはむずかしいらしい。
鎌倉生まれのササリンドウが我が家で咲いたらうれしい。庭仕事担当の夫が大鉢に植え替え、日当たりと水やりに気をつけて、私はがんばってねと苗にときどき声をかけた。
夏には花芽が出てふっくらしてきた。いいぞ、いいぞ、と楽しみにしていたら……。お盆を過ぎたころ葉が黄色くなって、秋を迎えることなく花芽が茶色に変わった。夫と私は植木鉢を前にしゃがみ込み、ため息をついた。かわいそうなことをした。
「申し訳ありません。枯らしてしまいました」
お詫びの連絡をすると、
「そうだろうと思っていました。暑かったですからね。では、スペアをお持ちしますよ」
すぐに電動自転車で持ってきてくださった。
新しい苗にはしっかりした蕾がついていた。しばらくして淡い青紫色のササリンドウが咲いた。反り返った花びらが華やかで涼やかだ。
きっと昔は野山のどこにでも咲いていたのだろう。鎌倉のシンボル、山野草のササリンドウの子孫は、我が家の庭でしばらく目を楽しませてくれた。
そのササリンドウ、花が終わって、冬を越し、さあ今年こそ根付いてねと見守っていたが、同じように酷暑の夏を越すことができなかった。私たちは、また肩を落とした。
来年はなんとか咲いてほしい。咲かせてみたい。ササリンドウへの熱い思いは、続く。


