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「星を仰げば」

  • 執筆者の写真: 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
    文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
  • 19 時間前
  • 読了時間: 5分

冷えた夜に、歩きながら空を見上げる。

あ、こんなにくっきり星が出ていた、と気づいてしばし足を止める。


澄んでキーンと凍る冬の空。星座には詳しくないが、この季節、すぐにわかるのはオリオン座だ。目印は右肩上がりに並ぶ3つの星。ギリシャ神話の狩人オリオンの、ベルトの部分が3つ星だ。とはいっても、肉眼で見えるいくつかの星を結んでも、こん棒を振り上げる勇者の姿は浮かび上がってこない。


冬の星座は、他にふたご座、おうし座、いろいろあるが、実際の星座より雑誌の星占いのページのほうがおなじみかもしれない。私は天秤座だ。占いによれば、性格は公平で平衡感覚がよく、優柔不断なところが弱点らしい。合っているような、違っているような。でも気にはなる。星は人の運命をつかさどっていると信じられてきた。星を見上げていると、宇宙の営みの中、小さな地球でほんのひととき生きる私たちは、はかりしれない力に支配されていると思えてくる。


星座は5000年前の古代メソポタミアで、羊飼いたちが星を繋いで身近な動物に見立てたことが始まりとされている。宇宙という概念をもたず、光も音もない大地から眺める星空を人々はどんな思いで眺めていたのだろう。


海外に旅行するとき、たいてい星座早見盤を持っていく。今は星座アプリもあるが、薄っぺらで丸い天体の紙をクルクル回しながら見るのが性に合っている。


ずいぶん前、冬のシリアに旅したときも持参した。シリアは日本と緯度がほとんど同じなので、見える星もほぼ変わらない。


首都ダマスカスから車で少し離れると広大な砂漠が続く。夜になると、プラネタリウムのような星空が現れた。頭上にくっきりと天の川が横切っている。


星座早見盤を取り出すまでもなく、オリオン座はすぐ見つかった。並んだ3つ星と、ひときわ輝くベテルギウスとリゲル、他の小さな星たちも。実は期待していた。中近東の澄んだ夜空を見上げれば、大昔のように星の模様が動物や勇者に見えるのでは、と。期待どおりとまでいかなかったが、豪華な星の数々をたどると躍動感あるオリオンを空に描くことができた。大満足だった。


そのときの車の運転手はモハメッドという名のベドウィン族だった。大柄で鋭い目をした砂漠の民だ。こんなきれいな星空は初めてだと私が感動していると、

「本当は自分は都会で暮らしたくない。この砂漠で、夜は星を眺めながら考える暮らしが一番だ」

と、つぶやいた。彼の心はずっと砂漠とともにあるのだった。


降るような星空は美しいが、あまりに数が多すぎて目眩(めまい)がしたこともある。

中国の青海省チベット自治区で、遊牧民を取材した。標高4000メートルを超える高地で暮らす大家族で、羊とヤク(大型の牛)を放牧している。


中国青海省チベット自治区の草原で、放牧されているヤクを見る星野知子
中国青海省チベット自治区で。ヤクの後ろに立っているのが筆者

夜中の3時過ぎから朝のひと仕事、ヤクの乳搾りを始めるという。眠い、寒い、酸素不足でフラフラとテントを出ると、外はまだ真っ暗だ。歩き始めて上を見たら、恐ろしいほどの星。夜空一面ぎっしり詰まっている。星空が圧力をかけてくるなんて思いもしなかった。押しつぶされそうになってよろめいた。


チベット族の家族はヤクのそばにしゃがんで黙々と手を動かし、バケツの絞りたての乳からは湯気が立っている。何千年も前から続く遊牧民の日常を、ダイヤモンドを敷きつめたような夜空がやはり何千年も見守っていた。


南半球で確認したかったのは、南十字星、サザンクロスだ。名前にロマンを感じていた。

初めて見たのはブラジルの奥地の小さな村だった。


2月は雨期で蒸し暑い。夕食の後に宿泊所の外に出て村人たちと涼んでいた。ひとりが「カラバート」と空を指さして私に教えてくれた。その方向に4つの星があった。それぞれの星から対角線を引くと十字架に見える。想像していたよりずっと小さい。カラバートは、ポルトガル語ではなく村の言葉のようだった。


その夜は雲がなく明るい星もたくさん瞬いていたが、南十字星は目立って存在感があった。航海の道しるべとしてだけでなく、人々に希望を与えてきた星だからだろうか。ほほえむように私たちを見下ろしていた。


湿っぽいジャングルの風に吹かれて星空を眺めているうちに、えっ、あれは星?じゃないよね……。まさか、と息を呑んだ。オレンジ色の星のひとつが奇妙な動きをしている。素早く直角に動いて止まって、また直角に移動する。人工衛星ではない。


村人たちは、ああ、UFOだね、よく出るよ、と落ち着いたものだ。私は目が離せない。数分間、不規則に小刻みに動いていた光の玉は、ふっと消えた。あれは未確認飛行物体だ。絶対に。今もそう思っている。


星占いでは親しんでいるものの、西洋の星の名前がピンとこないのは、暮らしや文化の違いがあるからだろう。子どものころ、初めて覚えた星の並びは「北斗七星」だった。ひしゃくの形はわかりやすい。「魚釣(うおつ)り星」は蠍(さそり)座の尻尾のあたり、釣り針の形だ。見たことのないサソリよりしっくりくる。「錨(いかり)星」は、Wの形のカシオペヤ座のこと。日本で見る星は日本の名前が似合っている。もうひとつ、ずっと暮らしに寄り添っているのが金星だ。宵の明星はいつも夕暮れ時からあたたかく輝いていた。


鎌倉の「星の井」の伝説の星は、明星だったのだろうか。


極楽寺坂の通り沿いに、今は蓋で覆われている古い井戸「星の井」がある。伝説では、昼間でも井戸をのぞき込むと水底に星の輝きが映って見えたという。あるとき、あやまって包丁を井戸に落としてしまい、それから星は映らなくなってしまった。


昔は松の木々が生い茂るうっそうとした場所だったそうだ。星が見えなくなったのは、神聖な場所に穢(けが)れが入ってしまったからだろう。


「星の井」は、星を通じて天と地が繋がる聖なる井戸だった。壮大で神秘に満ちている。同じような伝説は世界の各地にある。星と人との関わりは、深く、謎めいている。


星は私の名前のひと文字。だから心惹かれるのかもしれない。


2026 © Hoshino Tomoko

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星野知子が描いたカタツムリのイラスト

Maison d’un Limaçon

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