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「雨もまた良し」

  • 執筆者の写真: 文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
    文と写真 星野 知子|Tomoko Hoshino
  • 3 日前
  • 読了時間: 5分

天気予報の傘マークが気になる季節だ。湿度が上がって雨が続くようになると、ジメジメムシムシ、そろそろ梅雨入り。晴れの日が貴重となる。


近所でてるてる坊主を見つけた。何気なく見上げたマンションの2階、出窓の内側にぶら下がっていた。今どき珍しい。なつかしくて立ち止まった。


あの窓は子ども部屋かな。明日はお出かけで晴れてほしいんだね。白いのっぺらぼうの人形にほのぼのとあたたかい思いがした。


最近はてるてる坊主に出会うことが少なくなった。少子化で子どもの数が減っているから? それとも天気予報の的中率がかなり高くなったせい? おまじないの人形の出番は減っているのかもしれない。


昭和の時代、天気予報ははずれるものと思っていた気がする。小学生のときは運動会や遠足の前の日に、家の軒先にてるてる坊主を吊り下げていた。天気予報が雨でも、願いを込めれば太陽を呼び出せそうだった。


そんなことを思い出しながら、てるてる坊主を作ってみた。白いハンカチにティッシュを丸めて詰め、首を紐(ひも)でくるっと巻いてできあがり。


窓辺に吊すと、ちょっと頭が垂れてしまう。昔もそうだった。でも、「てるてる坊主、てる坊主、明日天気にしておくれ」の歌の調子は少し悲しそうだから、うつむき加減のほうがてるてる坊主らしい。


童心に返って、久しぶりに作ったてるてる坊主(星野知子撮影)
童心に返って。久しぶりに作ったてるてる坊主

雨が続くとつまらなくて毎日晴れてほしかった幼いころだが、おとなになると雨もまんざら嫌じゃなくなる。梅雨時の景色は風情がある。


山の緑が濡れて若葉が一層鮮やかになる。朝夕の雨に煙る風景は幻想的だ。


海は灰色に様変わりする。曇天の浜辺で、水平線近くから黒い雲が生き物のように押し寄せて来るのが見えることがある。墨絵みたいだ、と眺めているうちに雨が降りだす。自然の動きはダイナミックだ。


それに、雨はやさしくもある。梅雨時に湯河原の宿に泊まった。あいにくの雨でどこにも出かけられず、ひたすら温泉に入っていたのだが、露天風呂がよかった。目の前は雑木林。しっぽり濡れて、清らかなにおいがする。耳をすますと、葉っぱを打ち続ける雨の音。木々や草が雨を喜んで迎えている。露天風呂に雨粒が波紋を描き、私も植物と同じ気持ちになっているのに気づく。少しばかり、恵みの雨を体感することができた。


異国の地でどしゃぶりの雨に見舞われたことがあった。


タイの田舎町でのこと。タイも六月ころから雨期に入るが、シトシト降り続くのではなくゲリラ豪雨のような激しいスコールとなる。


あやしい風が吹いたとたんザバーッときたものだから、道を歩いていた私は一瞬でびしょ濡れになった。傘はないし、あわてて小さなお店の軒下に逃げ込んだ。頭の上で割れんばかりの雨の音。道も冠水して川のように流れている。さてどうしよう。ホテルまで2、300メートルだ。


空を見上げていると、うしろから声がした。小柄なおばあさんだ。鍋や箒(ほうき)を売っている雑貨店で、店の奥から出てきたらしい。


「あなたね、これをあげるから、頭にかぶって走りなさい」


たぶん、そう言ったのだと思う。手にしていたのは厚手のビニールシート。カラフルな花の模様だ。小さめのテーブルクロスだろうか。


躊躇(ちゅうちょ)している私に、いいから、はい! とそのシートを握らせた。


思いがけない親切に、コップンカー、コップンカーと、タイ語でありがとうを何度も繰り返して、軒下から雨の中に走り出た。


走らずに歩いてもよかったのだけれど、あまり激しい雨でつい走ってしまう。道行く人たちの格好は様々だ。風も強いからつぼめた傘に頭を入れて歩く人。ビニール袋をシャワーキャップのようにかぶっている人。バイクに乗っている人たちは赤や青の薄いビニールマントをひるがえしていた。頭の上に派手なテーブルクロスを広げて走る私も、特に違和感はない。泣きたいくらいのひどい雨なのに、なんだか楽しい気分になってホテルに到着した。 


翌朝、たたんだテーブルクロスを持って雑貨店に行った。お礼を言いたかったが、シャッターが下りていて誰もいなかった。色あせたテーブルクロスはまだまだ役に立ちそうだ。店先の木箱の上にそっと置いた。こんなことがあると、その国が好きになる。


鎌倉でも、雨の日に助けてもらったことがある。


注文していた折り詰め弁当を持って家に戻るところだった。お店でお弁当が3つ入った紙袋を渡されたとき、ちょっと重いなとは思った。


小雨は降っていたが、そう心配してはいなかった。人通りの多い若宮大路を歩いているうちにだんだん雨足がひどくなり、風も強まってズボンの裾が濡れてきた。


あっと思ったときはぶら下げていた紙袋が破け、お弁当は歩道に落ちていた。濡れた紙袋が重さに耐えられなくなったのだ。 


しまった。しゃがんでお弁当を拾ったが、他の荷物もあって、傘をさして3つもかかえて持つことはできない。


そのとき、これをどうぞ、という声がした。顔を上げると、女性が小さくたたんだレジ袋を差し出していた。


とっさに受け取った。「すみません」と言うか言わないうちにその人はいなくなっていた。ふり返ったが、人と傘にまぎれて確認できなかった。


助かった。きちんと五角形にたたまれたレジ袋をほどいてお弁当を3つとも入れた。


一瞬のことだったので、女性の顔は覚えていない。30代くらいの人だった。


それ以来、私はエコバッグの他に小さくたたんだレジ袋を持ち歩いている。困っている人がいたら、あの女性のように差し出したい。雨のおかげで人の情けを知った。


これからの時期、鬱陶(うっとう)しい日々が続くけれど、雨のいい思い出はずっと心を潤してくれる。雨もまた良し、で梅雨を過ごしたい。


2026 © Hoshino Tomoko

星野知子が描いた�カタツムリのイラスト

Maison d’un Limaçon

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カタツムリのイラストは星野知子の作品です。
© 2026 Hoshino Tomoko 星野知子™

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