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「新 鎌倉その日その日」

新 鎌倉その日その日
星野知子の


「米賛歌」
そういえば「えの田(でん)」はいつなくなったのだろう? 江ノ電の鎌倉駅、到着ホーム脇に小さな田んぼがあった。畳数枚くらいの大きさで、たしか古代米を作っていた。愛嬌のある案山子(かかし)が立っていて、電車から降りるたびに稲の成長を見るのが楽しみだった。刈り取った稲は天日干しで、鉄道会社の田んぼならでは、干し場が踏切の遮断棒でできていた。今は、一面雑草が生い茂っている。 「えの田」を思い出したのは、久しぶりに生まれ故郷の長岡に帰ったからだ。 八月の初め、新幹線で新潟県に入ると青々とした田んぼが広がっていた。早場米はもう新米が出回っているが、新潟の、それも山間部のコシヒカリの刈り入れは例年九月中旬から十月にかけて。田んぼが黄金色に波立つようになるのはもう少し先だ。 上越新幹線の車窓からの眺め。8月の新潟県魚沼地方 車窓からは瑞々しく見えるが、この夏は早くから猛暑が続き、長い水不足のあとに急激な大雨となった。米の出来が心配だ。稲穂がびっしり重く実をつけて収穫の時期を迎えてほしいと願っている。 米どころ新潟で生まれた私は、コシヒカリを食べて育った。今のよう
2025年9月20日読了時間: 5分


「花火と私」
数ある手持ち花火の中で何が好きかと聞かれたら、迷わず線香花火と答える。とはいっても、今は花火をする機会はなく、子どものころの思い出だ。 いつだったか国産の線香花火をいただいて、何十年ぶりに楽しんだ。ずいぶん品質がよくなっていた。橙色の火の玉はふっくら大きくて、飛び散る火花も豪華だ。こんなにきれいだったかしら。こんなに長持ちしたかしら。さすが国産、一時は廃(すた)れて製造されなくなっていたが、高級品として復活したのだという。 昔は、夏の夜に家の前でよく花火をした。ろうそくと水を張ったバケツを準備して、近所の人たちも集まってにぎやかだった。 花火セットからひとつずつ選び、次々に点火していく。棒の先から勢いよく火花が飛び出すススキや、地面をクルクル回るネズミ花火も好きだったが、いつも最後は線香花火だった。みんなで輪になってしゃがみ、一本ずつ手に持った。火をつけると、チリチリと火玉が大きくなっていく。息を止めて指先に集中するうち、小刻みに震える火玉から四方八方に花が咲きはじめる。パチパチパチ……、ひそやかで夢のように華やかだった。 線香花火を思い出すとき
2025年7月18日読了時間: 5分


「たばこ」
晴れた朝にベランダで洗濯物を干す。真っ白なシーツが潮風にはためいて気持ちいい。 ときおりパラパラ音を立ててヘリコプターが飛んでいく。手をふればお互いが見えそうに近い。天気のいい日に空から湘南を眺めたら最高だろう。葉山、逗子、鎌倉の海、江の島を巡って富士山も眺められる。 青空を横切るのは、遊覧飛行のスマートなヘリコプター。夏休みの海の賑わいを伝えるテレビ局のヘリコプター。それに、軍用機もよく目にする。低空で飛んでいるから2機、3機と連なるとあたりに轟音が響く。 有事の際には——、とふと思う。どれだけの軍用機が飛び交うことになるのだろう。8月に入るとそんなことを考える。 太平洋戦争のとき、湘南の上空にはたびたび敵機が飛来したという。鎌倉に住んだ大佛次郎の「敗戦日記」には空襲警報が発令されたことや、高射砲声が窓ガラスを震わせたことがひんぱんに記されていて、鎌倉の人たちの恐怖と不安な日々がうかがえる。 私の生まれ育った新潟県長岡市は、1945年(昭和20年)、終戦の年に大空襲で焼け野原となった。ひと晩で市街地の八割が焼け、1488人の命が失われた。パール
2024年8月10日読了時間: 5分


「人工音声」
テレビニュースで人工音声が増えている。 アナウンサーが「ここからは人工音声でお伝えします」と断りを入れると、コンピューターの作った声にバトンタッチ。ニュース映像の画面の隅に「AI自動音声でお伝えしています」と表示が出る。数年前までは不自然な棒読みだったが、最近はずいぶん聞きやすくなった。 よく聴いている湘南ビーチFMも、人工音声でのニュースが普通になっている。ちょっと前に名前があるのに気がついた。柔らかい発音でよどみなくニュースを伝え終わると、声は名乗った。 「このニュースは株式会社エーアイのふみのいっせいがお送りしました」 ええっ、ふみのさん?と驚いた私だが、なにを言ってるの、もうあたりまえですよ、と笑われた。そういう時代になっているらしいのだ。 ふみのいっせい。「文野一成」さん、だそうだ。名前がつくと急に人格が備わって実在する人のような気がするから不思議だ。文野さんは人工音声のプロダクションに所属している。プロダクションには声質の異なった何人(?)ものバーチャルアナウンサーがスタンバイして、企業や放送局の依頼で派遣されるという。...
2024年5月10日読了時間: 5分


「古民家」
「どうぞ、靴のままでお上がりください」 古民家レストランの入り口でそう言われると、一瞬、躊躇する。 古い日本家屋を改装したカフェやレストランがブームで、鎌倉にもずいぶん増えた。その多くは靴を履いたままだ。私は心の中ですみません、とつぶやいて板張りの床にそっと足を乗せる。 先日長谷で年上のご夫婦とランチをご一緒したが、奥さんは私が玄関でとまどったのに気づいていた。 「わかりますよ、私も同じですから」 スパゲッティを食べながら、2人でそうそうと頷きあった。 古民家といってもたいていは昭和の建物。私にとっては生まれ育った家とたいして変わらないから、すぐに気持ちが切り替えられない。家に土足で入るのは火事の時か泥棒と決まっていた。 古民家レストランは洋風に改装していても昭和の暮らしが感じ取れる。畳を取り払ったフローリングのワンルーム。そこにテーブルや椅子が軽やかに置かれ広々と気持ちがいい。窓越しに眺める庭は和風のままで、よく手入れされている。照明や壁紙は変えても欄間や書院障子が残されていると、彫りと細工をいつもしげしげと眺めている。その家の人の趣味が表れて
2024年2月10日読了時間: 5分


「鮮やかな新年」
おせちの準備に大掃除、少しだけ断捨離もして。毎年のことながら年末は忙しい。ほっと落ち着くのは大晦日の午後になってからだ。 それほど頑張るわけではないが、「年の瀬」という言葉の切羽詰まった感じに追い立てられるように体を動かしたほうが、お正月のゆったりまったりした気分が際立ってくる。 鎌倉はお正月の準備に気合いが入る。引っ越してきて初めての年の瀬にうれしくなった。 クリスマス商戦が静かに過ぎて、町は26日から活気づく。お正月の食材や飾りが一斉に出回るのはどこでも変わらないが、昔ながらのお正月を迎える意気込みがある。和菓子屋で鏡餅を3合、5合、1升と各サイズで注文できる。立派な床の間に生けるような松や大輪の花が華やかに並んでいる。私にはとても新鮮だった。 玄関には何を飾ろうか。暮れも押し詰まってから、迷った。近所を気にして見ると、輪飾りを門の両脇にかけているお宅が多かった。細い松に藁の輪と紙垂だけのシンプルな飾り。真似をして、我が家も同じものにした。 そのしめ飾りやお花は、28日か30日に飾るということも鎌倉で知った。28日は末広がりで縁起がいい。29
2024年1月10日読了時間: 5分
*ここに掲載したエッセイは、月刊『かまくら春秋』に収録され刊行・発売されている作品です。無断使用・転載・複製を禁じます。


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