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「スギ花粉と杉の木と」
散歩途中、海沿いの公園のベンチで潮風に吹かれていた。 若い女性が少し間をあけてとなりに腰かけた。小型の柴犬を連れている。その犬がグシュ、グシュッ、と鼻を鳴らし、前足をしきりになめている。どうしたのだろうと見ていたら、なんだか花粉症らしいんですよ、と女性は犬を抱き上げてお腹のあたりをさすってあげた。 まあ、犬も花粉症にかかるんですか、知りませんでした、と私。かわいそうに目も潤んでいる。お互いつらいわねえ、と声をかけた。 今年、花粉の飛散は昨年の1.5倍とか。こまったものだ。早い人は1月から始まっているという。 私の場合は毎年2月末にグスッときて、4月半ばにピークを迎え、5月のゴールデンウィークとともに収束する。それほど症状は重くないが、くしゃみに鼻水、目のかゆみ、とひと通りのつらさに襲われる。 鼻がムズムズッとくると、かわいらしくクシュン、なんてやっていられない。ハックショーン!と連続5回も珍しくない。家中に響くおやじのようなくしゃみに、夫がおやおや今日は大変だねえ、と気遣ってくれるが、その夫も負けずに大きなくしゃみをする。いつもは静かな我が家だ
15 時間前読了時間: 5分


「ササリンドウ」
あら、こんなところにセーラームーンが——。足元で愛らしいアニメの主人公が笑っていた。 東京の麻布十番商店街入り口で、カラフルなマンホールの蓋を見つけた。1990年代に一世を風靡(ふうび)した「美少女戦士セーラームーン」。金髪をなびかせ得意のポーズで決めている。ポスターのように色鮮やかだから、踏むのは気が引ける。道行く人たちもマンホールをよけて歩いていた。 その土地に縁のあるキャラクターや名産品が描かれた「ご当地マンホール」が、今人気だ。地域の特徴を表し、宣伝にもなる。今年は大谷翔平選手のデザインマンホールが出身地の奥州市に設置されて話題になった。各地でお目当ての蓋を探したり、お気に入りのデザインを見つけたり、密かな町歩きの楽しみになっているようだ。 普段、気にとめずに歩いているが、マンホールは驚くほどたくさんある。自宅の玄関を出て100メートル足らずで25個を数えた。等間隔ではなく道のあちこちに散らばる丸い蓋は、美観をそこねているようで、アートにも見えてくる。蓋のデザインも様々だ。 鎌倉の絵柄で多いのは鎌倉市章のササリンドウだ。3つの花の下に5枚
2025年11月14日読了時間: 5分


「竹の音」
晴れた日、和室の障子戸に竹の影が映る。隣の家との境に植えた布袋竹(ほていちく)だ。しなりながら揺れる枝や葉の影絵は、見ていて飽きない。サヤサヤ、サワサワ……。目で感じる風薫る季節だ。 竹は成長が早い。地面の玉砂利を押しのけてタケノコが出てくると、数日後には腰くらいの高さになっている。そうなる前、十センチくらいの時に見つけたら、ポキッと折ってキッチンへ。火で炙って皮を剥く。食べられるのは小指くらいの太さだが、コリコリした歯ごたえと風味がある。ちょっとうれしい。毎年二本か三本のごちそうだ。 ふだん私たちの食卓を彩るタケノコは、もっと太い孟宗竹(もうそうだけ)だ。青果店にはまず九州産から並び始める。タケノコ前線が北上して、地のタケノコが盛りになるのを待って買う。炊き込みご飯に土佐煮、若竹煮。姫皮もかき玉汁でいただいて、毎年季節を味わっている。 ここ数年で一番おいしかったのは、鎌倉のあるお寺で採れたタケノコ。思いがけずひとつおすそ分けしてもらった。手のひらに乗る大きさで、刺身で食べたら柔らかくて香りが強くて。それ以来、鎌倉のお寺で竹林を見るたび、ここにも
2025年5月21日読了時間: 5分


「春の始動」
啓蟄(けいちつ)という文字を見るとなんだかムズムズする。冬ごもりしていた虫たちがあたたかくなって土から這い出してくる季節。漢字で書くと虫へんのカエルやヘビもその仲間だ。もちろんあちこちで木の芽も顔を出す。やわらかな陽に誘われて、自然はムズムズモゾモゾにぎわってくる。 同じころ、私の鼻もムズムズしてくる。私の場合は花粉症だ。朝起きがけにくしゃみが続けて出ると、あー本格的に花粉症の季節到来か、とティッシュに手を伸ばす。今年の花粉は例年の1.5倍の量で飛散は早く始まったというから先が思いやられる。 でも、春の到来はうれしい。家のまわりではカエルもヘビも出てこないが、寒いうちはいなかったアリやダンゴムシが姿を見せると、お帰りなさいと声をかけたくなる。テントウムシやミツバチ、モンシロチョウも、ようこそ我が家へと出迎える。玄関前や狭い庭で生き物が動きはじめるのは、あたりまえのようだが癒やされる。 ただ、モンシロチョウには困っている。庭のプランターに植えたブロッコリーやルッコラに卵を産み付ける。葉っぱが穴だらけだ。無農薬だから青虫は安心して食べるんだなあ、とそ
2025年3月22日読了時間: 5分


「干支のヘビの話」
「いやあ、ヘビがいちばんむずかしいんですよ」 毎年干支の置物を送ってくれる陶芸家が言っていた。 12の動物のうちトラやウシ、タツは力みなぎる新年にふさわしい。かわいいウサギやネズミはおだやかで平和な気持ちになれる。ヘビは——、どちらのグループでもない。だいたい姿が決まっていない。のばせば長い棒状に、動けばくねくね、止まればとぐろを巻いたりする。どの形も作陶しづらいというか、焼き物だから鎌首をもたげたポーズだとポキッと折れるリスクも大きい。陶芸家泣かせなのだそうだ。 ヘビは12の動物のうちの真ん中、6番目にあたる。ね、うし、とら、う、と順番が決まったのは、説話によると、神様が「元日の朝、1番から12番目まで挨拶に来たものを1年交替で動物の大将にする」とお触れを出し、全国の動物たちが競争した結果だ。数え切れない動物の中で上位12に入るだけでもすごい。その強豪の中で6番目にゴールしたヘビは結構足(?)が速いわけだ。 この説話を知ったのは4、5才のころだ。私は子どものころよく風邪をひいたり扁桃腺が腫れたりして保育園を休んでいた。何日かぶりに登園すると運動
2025年1月21日読了時間: 5分


「お花見」
できれば庭に桜が欲しいね。家を建てるときに話していたが、「桜は枝を広げるので相当広い土地がないと——」と庭の設計士さんにアドバイスされた。桜のためにも植えなくてよかった。 お向かいさんの桜の木を見ているとわかる。南向きの広い庭で、私たちが引っ越してきたときにはすでに大木だったが、それから15年経ってさらにひと回りもふた回りも成長した。 おおらかに四方に枝が伸びた分、年々花も華やかさを増している。うちの玄関を出ると、道を隔てて薄紅色のソメイヨシノが広がっているなんて最高だ。 出がけに旦那さんや奥さんに会うと毎年恒例の挨拶をかわす。 「今年も楽しませてもらってありがとうございます」 「いいえ、花びらが風でそちらにまで散ってすみません」 とんでもない。少しも気にならない。桜は咲いているときだけでなく、ハラハラと散っていく姿も、玄関前の石畳に無数の花びらが貼りついているのも、美しい。 お向かいさんの桜は、娘さんが生まれたときに植えたという。それから何十年も過ぎ、娘さんは結婚し、生まれた子どもさんたちもすっかり大きくなった。家族とともに年月を重ね、見事な
2024年4月10日読了時間: 5分


「鮮やかな新年」
おせちの準備に大掃除、少しだけ断捨離もして。毎年のことながら年末は忙しい。ほっと落ち着くのは大晦日の午後になってからだ。 それほど頑張るわけではないが、「年の瀬」という言葉の切羽詰まった感じに追い立てられるように体を動かしたほうが、お正月のゆったりまったりした気分が際立ってくる。 鎌倉はお正月の準備に気合いが入る。引っ越してきて初めての年の瀬にうれしくなった。 クリスマス商戦が静かに過ぎて、町は26日から活気づく。お正月の食材や飾りが一斉に出回るのはどこでも変わらないが、昔ながらのお正月を迎える意気込みがある。和菓子屋で鏡餅を3合、5合、1升と各サイズで注文できる。立派な床の間に生けるような松や大輪の花が華やかに並んでいる。私にはとても新鮮だった。 玄関には何を飾ろうか。暮れも押し詰まってから、迷った。近所を気にして見ると、輪飾りを門の両脇にかけているお宅が多かった。細い松に藁の輪と紙垂だけのシンプルな飾り。真似をして、我が家も同じものにした。 そのしめ飾りやお花は、28日か30日に飾るということも鎌倉で知った。28日は末広がりで縁起がいい。29
2024年1月10日読了時間: 5分
*ここに掲載したエッセイは、月刊『かまくら春秋』に収録され刊行・発売されている作品です。無断使用・転載・複製を禁じます。


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