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「新 鎌倉その日その日」

新 鎌倉その日その日
星野知子の


「ササリンドウ」
あら、こんなところにセーラームーンが——。足元で愛らしいアニメの主人公が笑っていた。 東京の麻布十番商店街入り口で、カラフルなマンホールの蓋を見つけた。1990年代に一世を風靡(ふうび)した「美少女戦士セーラームーン」。金髪をなびかせ得意のポーズで決めている。ポスターのように色鮮やかだから、踏むのは気が引ける。道行く人たちもマンホールをよけて歩いていた。 その土地に縁のあるキャラクターや名産品が描かれた「ご当地マンホール」が、今人気だ。地域の特徴を表し、宣伝にもなる。今年は大谷翔平選手のデザインマンホールが出身地の奥州市に設置されて話題になった。各地でお目当ての蓋を探したり、お気に入りのデザインを見つけたり、密かな町歩きの楽しみになっているようだ。 普段、気にとめずに歩いているが、マンホールは驚くほどたくさんある。自宅の玄関を出て100メートル足らずで25個を数えた。等間隔ではなく道のあちこちに散らばる丸い蓋は、美観をそこねているようで、アートにも見えてくる。蓋のデザインも様々だ。 鎌倉の絵柄で多いのは鎌倉市章のササリンドウだ。3つの花の下に5枚
2025年11月14日読了時間: 5分


「中秋の名月」
鎌倉・由比ヶ浜から見る中秋の名月(星野知子撮影) スーパームーンにブルームーン、ブラッドムーンも。最近よく耳にする満月の呼び名だ。スーパームーンは、軌道の関係で月が最も地球に近づいたときの大きな満月。ブルームーンは色ではなく、月に2回満月があることだそうだ。そして皆既月食で月が赤黒くなる現象がブラッドムーン。色も形も変化する月の神秘は、科学で解明された今もやはりミステリアスだ。 今年の中秋の名月は10月6日。澄んだ秋の空を昇る満月は格別だ。夜のニュースで「今日は中秋の名月です」と紹介されて、テレビ画面一杯にまん丸の月が映し出される。カメラレンズもテレビも性能がいいから、月はすぐ目の前にあるようにはっきり見える。岩石でできた複雑な地形も、クレーターのデコボコも。 きれいなんだけどね……、と私はベランダに出て、夜空を見上げる。そう、これが満月。はるか遠く、ぽってりあたたかい。年齢とともに私の目も悪くなっているから、多少おぼろに見えるくらいがちょうどいい。 鎌倉は月が美しい。都心から越してきて月をよく眺めるようになった。高い建物がなく山と海に囲まれた鎌
2025年10月19日読了時間: 5分


「ホタル」
初めてホタルを見たのは、7、8才だった。鮮明に覚えている。 私が生まれ育ったのは新潟県長岡市の中心部で、1965年(昭和40年)ころの街中の川はホタルが住めるような環境ではなかった。 夏休みになると、毎年母方の実家でしばらく過ごした。市内から車で30分も走れば田んぼが広がる。祖父の家は山間にあり、近くに雪解け水を運ぶ川が流れていた。 私はひと夏で真っ黒に日焼けした。オニヤンマを追いかけ、目の前をすり抜ける蛇に足がすくみ、近所の子から笹笛の吹き方を教わった。 昔は暑くてもうちわで涼をとるくらいだったが、川に面した部屋は川風が入ってきて涼しかった。私はそこで昼寝をするのが好きだった。 夜も窓は開けっぱなしだった。座敷に布団を敷いて蚊帳を張って寝た。 布団に入ったものの、まだ妹とおしゃべりをしていると、ホタルが1匹、部屋に迷い込んできた。ぽーっと光って消え、またぽーっと光る。 「お母さぁん、お父さぁん、おじいちゃん、おばあちゃん、ホタルがきた!」 蚊帳から飛び出して叫んだ。 ダメだよ大きな声を出しちゃ、ホタルがびっくりするから。そう言われて廊下に出てみ
2024年7月10日読了時間: 5分


「古民家」
「どうぞ、靴のままでお上がりください」 古民家レストランの入り口でそう言われると、一瞬、躊躇する。 古い日本家屋を改装したカフェやレストランがブームで、鎌倉にもずいぶん増えた。その多くは靴を履いたままだ。私は心の中ですみません、とつぶやいて板張りの床にそっと足を乗せる。 先日長谷で年上のご夫婦とランチをご一緒したが、奥さんは私が玄関でとまどったのに気づいていた。 「わかりますよ、私も同じですから」 スパゲッティを食べながら、2人でそうそうと頷きあった。 古民家といってもたいていは昭和の建物。私にとっては生まれ育った家とたいして変わらないから、すぐに気持ちが切り替えられない。家に土足で入るのは火事の時か泥棒と決まっていた。 古民家レストランは洋風に改装していても昭和の暮らしが感じ取れる。畳を取り払ったフローリングのワンルーム。そこにテーブルや椅子が軽やかに置かれ広々と気持ちがいい。窓越しに眺める庭は和風のままで、よく手入れされている。照明や壁紙は変えても欄間や書院障子が残されていると、彫りと細工をいつもしげしげと眺めている。その家の人の趣味が表れて
2024年2月10日読了時間: 5分
*ここに掲載したエッセイは、月刊『かまくら春秋』に収録され刊行・発売されている作品です。無断使用・転載・複製を禁じます。


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