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「スギ花粉と杉の木と」
散歩途中、海沿いの公園のベンチで潮風に吹かれていた。 若い女性が少し間をあけてとなりに腰かけた。小型の柴犬を連れている。その犬がグシュ、グシュッ、と鼻を鳴らし、前足をしきりになめている。どうしたのだろうと見ていたら、なんだか花粉症らしいんですよ、と女性は犬を抱き上げてお腹のあたりをさすってあげた。 まあ、犬も花粉症にかかるんですか、知りませんでした、と私。かわいそうに目も潤んでいる。お互いつらいわねえ、と声をかけた。 今年、花粉の飛散は昨年の1.5倍とか。こまったものだ。早い人は1月から始まっているという。 私の場合は毎年2月末にグスッときて、4月半ばにピークを迎え、5月のゴールデンウィークとともに収束する。それほど症状は重くないが、くしゃみに鼻水、目のかゆみ、とひと通りのつらさに襲われる。 鼻がムズムズッとくると、かわいらしくクシュン、なんてやっていられない。ハックショーン!と連続5回も珍しくない。家中に響くおやじのようなくしゃみに、夫がおやおや今日は大変だねえ、と気遣ってくれるが、その夫も負けずに大きなくしゃみをする。いつもは静かな我が家だ
15 時間前読了時間: 5分


「呼吸ではじまる」
体力にはまあ自信がある。テレビの健康番組でよくある体力チェックの類いは、なんでも軽くクリアしていた。 よし、まだ若いね、と思っていたら、先日簡単な動きができなかった。椅子に腰掛け、片足を上げて、もう片方の足だけで立ち上がるというもの。右足ではスッと立てたが、左足だと力が入らず、ドッコイショとやっとだった。 筋肉がおとろえている……。これくらい少し前には苦労せずできたのに。 水泳にずっと通っているし、なるべく歩くようにして、それも早足でと鍛えていたつもりだったが、その程度では加齢の速度に追いつかなくなったということか。 女友だちの、それはもうスクワットが一番よ、との助言で、最近毎日やっている。 年齢に関係なく筋肉は努力すればつくのだそうだ。「筋肉は裏切らない」らしい。 筋トレは呼吸が大切。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いて。ただ、黙々とストイックに励むのは苦手だ。なるべく優雅に歌うようにと心がけていたら、なぜかあのメロディが頭の中で聞こえてきた。 タラララッタラ~。ポパイのテーマ音楽だ。子どものころテレビで見ていた。水夫のポパイがたくましい宿敵ブル
3月20日読了時間: 5分


「春の始動」
啓蟄(けいちつ)という文字を見るとなんだかムズムズする。冬ごもりしていた虫たちがあたたかくなって土から這い出してくる季節。漢字で書くと虫へんのカエルやヘビもその仲間だ。もちろんあちこちで木の芽も顔を出す。やわらかな陽に誘われて、自然はムズムズモゾモゾにぎわってくる。 同じころ、私の鼻もムズムズしてくる。私の場合は花粉症だ。朝起きがけにくしゃみが続けて出ると、あー本格的に花粉症の季節到来か、とティッシュに手を伸ばす。今年の花粉は例年の1.5倍の量で飛散は早く始まったというから先が思いやられる。 でも、春の到来はうれしい。家のまわりではカエルもヘビも出てこないが、寒いうちはいなかったアリやダンゴムシが姿を見せると、お帰りなさいと声をかけたくなる。テントウムシやミツバチ、モンシロチョウも、ようこそ我が家へと出迎える。玄関前や狭い庭で生き物が動きはじめるのは、あたりまえのようだが癒やされる。 ただ、モンシロチョウには困っている。庭のプランターに植えたブロッコリーやルッコラに卵を産み付ける。葉っぱが穴だらけだ。無農薬だから青虫は安心して食べるんだなあ、とそ
2025年3月22日読了時間: 5分


「若布とか海苔とか」
夏の湘南もいいけれど、暮らしてみて思うのは、冬がすばらしい。キリリと冷たい風に青い空。日差しは強く、海は澄んだエメラルド色に変わる。その向こうに真っ白な富士山が眺められるのだから、思わず深呼吸。遠くに住む友人たちには冬に遊びに来てよ、といつも言っている。 ダウンにマフラー、しっかり日焼け止めクリームを塗って海辺を散歩する。サーファーやランナー。はしゃぐ子どもたち。尻尾をふって波を追いかけるイヌ。寒くても浜は元気だ。 2月になるとあちこちで見られるのが若布(わかめ)干しだ。浜に組んだ大きな干し場で、細長い若布が潮風になびいている。 ああ、今年もはじまりましたね。そろそろ若布のしゃぶしゃぶの季節、と思わずにんまりする。沸かした鍋のお湯にヌメヌメした黒い海藻を浸したとたん、目の覚めるような緑色になる。この瞬間、わかっていても毎年感動する。新緑を思わせる色は、もうすぐ来る春を感じてときめいてくる。 今では見なれている若布干しだが、鎌倉に引っ越してきたときは、「なに?あれは!」とかなり驚いた。砂浜に巨大な洗濯物干し場(?)が出現し、ぶら下がっているのは無数
2025年2月21日読了時間: 5分


「お花見」
できれば庭に桜が欲しいね。家を建てるときに話していたが、「桜は枝を広げるので相当広い土地がないと——」と庭の設計士さんにアドバイスされた。桜のためにも植えなくてよかった。 お向かいさんの桜の木を見ているとわかる。南向きの広い庭で、私たちが引っ越してきたときにはすでに大木だったが、それから15年経ってさらにひと回りもふた回りも成長した。 おおらかに四方に枝が伸びた分、年々花も華やかさを増している。うちの玄関を出ると、道を隔てて薄紅色のソメイヨシノが広がっているなんて最高だ。 出がけに旦那さんや奥さんに会うと毎年恒例の挨拶をかわす。 「今年も楽しませてもらってありがとうございます」 「いいえ、花びらが風でそちらにまで散ってすみません」 とんでもない。少しも気にならない。桜は咲いているときだけでなく、ハラハラと散っていく姿も、玄関前の石畳に無数の花びらが貼りついているのも、美しい。 お向かいさんの桜は、娘さんが生まれたときに植えたという。それから何十年も過ぎ、娘さんは結婚し、生まれた子どもさんたちもすっかり大きくなった。家族とともに年月を重ね、見事な
2024年4月10日読了時間: 5分


「鶯色」
今年は暖冬だった。雪の日も冷え込む日もあったが、厚手のダウンコートはほとんど出番がなく過ごせた。梅の見頃も例年より早かったようだ。 梅といえばウグイスで、この時期ウグイスが鳴くのを心待ちにしている。今年はまだ初音を聞いていない。あの澄んだ声。ホーホケキョ、とカタカナで書ける発音は親近感がある。肌寒いうちはあまり上手に鳴けなくて、夏に向かって少しずつ上達していくのも健気だ。遠くで「ホー……、ケチョ」なんて幼い声が聞こえると、ガンバレ、よしよし、もう少しだ、と応援したくなる。 鎌倉に住んで、初めて本物のウグイスを見た。本物というのは変だが、ずっと声は聞けども姿は見せずの鳥だった。ウグイスはほぼ全国にいる鳥なので、鳴き声は時々耳にしていた。山里の田んぼの広がる風景で響き渡る声を聞くと、田舎はいいなあ、山はいいなあと深呼吸したものだ。 それが、まさか住宅地で目にするとは思わなかった。近所を歩いていたら、すぐそばで鳴き声がした。もしやと顔を向けると、庭の木の枝にウグイスがいた。 いやあ、うれしい。でも、これがウグイスですか?と疑ってしまった。...
2024年3月10日読了時間: 5分
*ここに掲載したエッセイは、月刊『かまくら春秋』に収録され刊行・発売されている作品です。無断使用・転載・複製を禁じます。


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