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星野知子の
新 鎌倉その日その日
キーワード


若布とか海苔とか
夏の湘南もいいけれど、暮らしてみて思うのは、冬がすばらしい。キリリと冷たい風に青い空。日差しは強く、海は澄んだエメラルド色に変わる。その向こうに真っ白な富士山が眺められるのだから、思わず深呼吸。遠くに住む友人たちには冬に遊びに来てよ、といつも言っている。 ダウンにマフラー、しっかり日焼け止めクリームを塗って海辺を散歩する。サーファーやランナー。はしゃぐ子どもたち。尻尾をふって波を追いかけるイヌ。寒くても浜は元気だ。 2月になるとあちこちで見られるのが若布(わかめ)干しだ。浜に組んだ大きな干し場で、細長い若布が潮風になびいている。 ああ、今年もはじまりましたね。そろそろ若布のしゃぶしゃぶの季節、と思わずにんまりする。沸かした鍋のお湯にヌメヌメした黒い海藻を浸したとたん、目の覚めるような緑色になる。この瞬間、わかっていても毎年感動する。新緑を思わせる色は、もうすぐ来る春を感じてときめいてくる。 今では見なれている若布干しだが、鎌倉に引っ越してきたときは、「なに?あれは!」とかなり驚いた。砂浜に巨大な洗濯物干し場(?)が出現し、ぶら下がっているのは無数
2025年2月21日読了時間: 5分


干支のヘビの話
「いやあ、ヘビがいちばんむずかしいんですよ」 毎年干支の置物を送ってくれる陶芸家が言っていた。 12の動物のうちトラやウシ、タツは力みなぎる新年にふさわしい。かわいいウサギやネズミはおだやかで平和な気持ちになれる。ヘビは——、どちらのグループでもない。だいたい姿が決まっていない。のばせば長い棒状に、動けばくねくね、止まればとぐろを巻いたりする。どの形も作陶しづらいというか、焼き物だから鎌首をもたげたポーズだとポキッと折れるリスクも大きい。陶芸家泣かせなのだそうだ。 ヘビは12の動物のうちの真ん中、6番目にあたる。ね、うし、とら、う、と順番が決まったのは、説話によると、神様が「元日の朝、1番から12番目まで挨拶に来たものを1年交替で動物の大将にする」とお触れを出し、全国の動物たちが競争した結果だ。数え切れない動物の中で上位12に入るだけでもすごい。その強豪の中で6番目にゴールしたヘビは結構足(?)が速いわけだ。 この説話を知ったのは4、5才のころだ。私は子どものころよく風邪をひいたり扁桃腺が腫れたりして保育園を休んでいた。何日かぶりに登園すると運動
2025年1月21日読了時間: 5分


暮らしのメロディで
うちの洗濯機は、スタートスイッチを押すとメロディが鳴る。モーツァルトの「ピアノソナタ ハ長調」。ドーミソ シードレド。出だしのワンフレーズだ。聞けば「あ、あれね」と誰でも知っていて、ピアノの練習曲でもある。明るくてテンポがいいから、メーカーは洗濯の気分にぴったりと選曲したのだろう。洗濯機を買った当初はスイッチを押すたびに大きな音がしてビクッとしたが、そのうち気にならなくなった。 先日、路地を歩いていたらこの曲が聞こえてきた。近くの家でピアノの練習中だ。瞬間、頭に浮かんだのはエプロン姿で洗濯機のスイッチを押している自分だった。 このソナタはピアノを習っていた子どものころに練習した。だから、ふと耳にすればピアノに向かっている自分がよみがえると思いきや、洗濯機のほうだったことに苦笑した。 音楽は、日々耳に慣れている記憶をよびさます。私の脳には、ピアノソナタ=洗濯機、とインプットされてしまったらしい。 音楽はそんなふうにさりげなく暮らしに溶け込んでいる。 やさしいメロディの「乙女の祈り」も、どこかで聞けば私はゴミ収集車を思い浮かべるだろう。収集日の午前中
2024年12月21日読了時間: 5分


腕時計の針が
休日、鎌倉には家族連れがたくさん訪れる。子どもたちが海辺をかけまわったり、小町通りで食べ歩きしたり。元気に動き回る姿がかわいらしくてつい目で追っている。 気がついたのは、小さな腕にはめている腕時計だ。けっこう見かける。カラフルな色でデザインもかっこいい。今は小学生でも腕時計を持っているんだなあ、と昭和に育った私は驚いている。 昔は気軽に買える値段の時計はなかったし、子どもが持つものではなかった。私が腕時計を買ってもらったのは高校に入学するときだ。たぶんどの家庭もそうだったと思う。真新しい学生カバンを持ち、左手首に時計をすると、おとなにならなくちゃという気分になった。もしなくしたら、こわしてしまったら、と最初は不安だった。 そのころ星新一のショートショートが流行っていて、私も夢中になって読んでいた。しゃれたユーモアと風刺、クスッと笑いゾクッと恐くなる不思議な短編ばかり。その中に腕時計がテーマの小説があった。ひと目惚れして買った腕時計を大事にメンテナンスしていた男性。いつも正確に時を刻んでいたのに、旅行に行く朝に時計の針が遅れてバスに乗り遅れてしまう
2024年11月21日読了時間: 5分


新紙幣であれこれ
久しぶりに銀行のATMでお金をおろした。もしかしたら、と期待して機械からお札をとり出すと、わ、うれしい。新しく発行された紙幣が混じっていた。 1万9千円おろしたうち1万円札が新紙幣で、千円札は1枚だけだった。宝くじに当たったみたいな気持ち。銀行のATMでもまだ全部新しいわけではないようだ。 20年ぶりの新紙幣発行。発行日の7月3日には大勢の人が行列して両替する様子がテレビに映し出されていた。それから2カ月近くたって、私はやっと手にしたことになる。おや、もうとっくに新紙幣でやりとりしていますよ、とおっしゃる方がどれくらいいるかわからないが、現金を使うことが少なくなったせいで、これまで目にすることもなかった。 どれどれ、家にもどってじっくり観察した。第一印象は、10000と1000の数字が大きくて目立つこと。そのせいかおもちゃのお札に見えてしまうが、これは慣れていないからでそのうち気にならなくなるのだろう。 画期的なのは3Dホログラムだ。1万円札を動かすと渋沢栄一の顔がぐうっと正面を向いてきて目が合う。よくできている。何十年も前、ディズニーランドのホ
2024年10月15日読了時間: 5分


塩水メダカ
暑い夏だった。いえ、まだ残暑も長そうだ。今年は厳しい暑さとの長期予報だったから覚悟はしていたが、覚悟したからといって暑さをしのげるわけではない。 人だけでなく自然界もバテている。気のせいかセミの鳴き声も元気がないようだ。庭のヤマボウシは茶色に葉焼けしてしまった。 ペットも大変だろう。犬の散歩は陽がかげる夕方に出かける人が多い。歩道はまだ熱がこもっているから、大型犬は長い舌を出してフーフーがんばっている。 うちは犬も猫もいないが、心配なのは庭の睡蓮鉢で飼っているメダカだ。よしずを掛けて陽をさえぎっているが、20匹はいたのに半分に減ってしまった。 メダカ飼育歴は長い。20年以上前に東京のマンションで飼い始めた。小さな水槽に水温計とフィルター、ヒーターを取り付け、至れり尽くせりの過保護なペットだった。 鎌倉に住むようになり、夫がひとかかえもある素焼きの鉢でビオトープを作った。 備前焼の睡蓮鉢がメダカの住みか 最初は鎌倉特有の遺伝子を持つ「鎌倉メダカ」を飼いたいと思っていた。野生の鎌倉メダカは絶滅しているが、滑川水系固有の純粋な鎌倉メダカと推定される種が
2024年9月10日読了時間: 5分
*ここに掲載したエッセイは、月刊『かまくら春秋』に収録され刊行・発売されている作品です。無断使用・転載・複製を禁じます。


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